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手作りの急須と茶碗

芸術家ポーア・アルトゥールが作った焼き物茶器 芸術家ポーア・アルトゥールが作った焼き物茶器 芸術家ポーア・アルトゥールが作った焼き物茶器

オーストラリア出身の芸術家ポーア・アルトゥール(Arthur Poor)が茶道の精神とされている 「詫び寂びわび・さび」という美意識をまねて、 急須、茶碗、花瓶と茶入れを制作している。 ウイーン美術大学を卒業した上に、日本学も専攻しましたので、陶器も絵画も日本の文化から影響を受けた。 ヨーロッパの伝統的なエステティークでは、ティー・ポットや茶碗など焼き物の理想的な形はシンメトリーである。 それに比べて、わび・さび風の作品の奥深いデコボコな表面が対照的な物だと思われる。 しかし、茶の湯もヨーロッパから影響を受け、茶碗を茶巾で拭く仕方はキリスト教の礼拝式を真似ていると言う議論もある。 今でこそ西洋では、陶器製作者からデザイナーやアーキテクトに至るまで、侘び寂びへの興味も高まってきた。

2006年に初めて轆轤ろくろを使って、急須と茶碗を作った経験が芸術家ポーアの記憶に残っている。 陶土をろくろの正確に中心に置かない時に、 陶土が均斉を保たないで、遠心力によって破壊されてしまうことがあったし、 更に釉薬ゆうやくを塗る事も思ったより難しかった。 例えば、焼く前に灰色に見える釉薬が、焼いてから緑色に見えるという風に釉薬を塗る時に本当の色がぜんぜん見えなくて、 釉薬の粉が窯の中にどんな様子に融解して流れるも予知しにくいだった。

ヨーロッパ出身の芸術家ポーアの意見では、西洋風の対称的なティーポットより、握りがあるので非対称的な急須の方がわび・さび美意識に対応するだろう。 このホームページに、彼が作った急須、茶碗、花瓶と茶入れが上手に「侘び寂び」の雰囲気を産み出すかどうか楽しみにしてご覧ください。

急須
焼き物

焼き物については、芸術家ポーア・アルトゥールが作った手作りの急須、茶碗、花瓶と茶入れを楽しみにしてご覧ください。

arthurpoor.com
絵画

絵画については、 同一画家が描いた絵も楽しみにしてご覧ください。 油絵から墨絵に至るまで画法を取り交ぜたスタイルで描いた絵画は自然と日本のモチーフが多い。

ヨーロッパでの「侘び寂び」文化受容史

外界から見たゆがんだ印象との商売

1867年にパリ万博へ輸送された展覧物を保護する包装材料として使ってしまった浮世絵の綺麗さのあまりに、初めて日本からの木版画みたヨーロッパ人が熱狂した。 それはヨーロッパでのジャポニスムの始まりで、これからアート・コレクタも芸術家も遥かな「おとぎの国」みたいな日本からの芸術作品について興味があったけど、 日本の文化について知識が余りに深まらなかった。 岡倉天心おかくらてんしんの意見では、お茶を飲む習慣が共通点で、西洋人に日本の文化を教える手段である。 それを1906年に英語で初出版された『茶の本』にはっきりと表現した。 実に不思議なことに、このように相隔たってきた東西の人間性が茶碗の中では出会ってきたのである。 茶を飲む習慣こそは東西を問わず普遍的な敬意を寄せられる唯一のアジア的儀礼である。 白人は東洋の宗教や道徳については嘲笑してきたが、この褐色の飲み物ばかりは躊躇なく受け入れてきたと結論を強調した。 岡倉天心が詫び・寂びわび・さびと言う言葉は使わなくても、 物は色彩意匠が重複しないように気を付けなくてはならないという規則とか、 非対称や簡素や不完全など、わびと切っても切れない関係のある美意識原則について書いた。

1919年に『茶の本』の独訳が出版された時に、まだ豪勢な飾り気のある品物がヨーロッパ人の好みに合って、異国風の商品に対する需要を満たした。 これとは対照的に、わび・さびの美意識に基づく茶碗や花瓶はあまり売れなかった。 同年に改定版されたキュンメル・オットー(Otto Kümmel)によって書かれた『日本の工芸』が 日本の工芸に興味があるヨーロッパ人のコレクタに向いている専門書で、需要の問題を証明している。 キュンメルの意見によると工芸作品を形成しているのは実際に、材料に隠してある力であり、日本の工芸の中に、その力を一番強く表情豊かに現れるのは陶芸である。 それにもかかわらず、あるいは、だからこそ?、ヨーロッパでは、よりによって陶芸品に対して理解が割合に足りていないし、 コレクタが収集しようとした場合も、もっとひどく失敗した。 日本の陶芸の特徴は表面に現れなくて、材料の目立つ艶(つや)や派手な装飾やヨーロッパ人の注意を一番簡単に引く技巧に現れない。 更に、ただの装飾としての道具、つまり道具である事実を恥ずかしく思われる使えられない道具を、日本の陶芸は生産した事がない。 それでは、今までにヨーロッパ人の大勢に日本の陶芸と見なしている日本の輸出陶器について、結論に達してしまった。 もちろん日本人によって作られた陶器なのに、日本人のために作らなかったからこそ、地理の立場から見る場合だけ日本の芸術に所属するのではないだろうか。 フランシス・ブリンクリーの言葉を引用して言い換えれば、日本の輸出陶器とは、日本人によって判断された私たちの悪趣味に過ぎない。とキュンメルが論断した。

キュンメルの本がコレクタに向いているのに、岡倉天心と同じように、博識な読者にわび・さびという専門語も説明しなかった。 衆論には、西洋の芸術のほうが、作品が芸術家の個人性を表す事を大事にして、 これとは対照的に、 日本の芸術は弟子が師匠の様式を出来るだけまねるという風に伝統を守る事を大事にしている。 キュンメルがそういう偏見は持っていなかったのではないか。 一番偉い茶の湯の陶芸を見ると、それが一定の定期に一定の人物によって作られた物であると思わなく、それより、粘土に内在する力によって生えたように見える。 茶道に使われている陶器は全て、偶然に出来上がった作品であり、つまり、無上の熟練と極上の芸術感で導いた偶然に出来上がったと言う事だ。 細目にわたって作り上げた漆細工や金物細工でさえに比べれば、茶の湯の陶芸の方が芸術家の個人性を明白に強く表現している。 しかし、その個人性が自然の一部になったように見える。とキュンメルが書いた。
個人性に連関して、岡倉天心も小堀遠州こぼりえんしゅうの発言を思い出だした 偉い利休りきゅうは、自分だけにおもしろいと思われる物をのみ愛好する勇気があったのだ。 しかるに私は、知らず知らず一般の人の趣味にこびている。 実際、利休は千人に一人の宗匠であったと小堀遠州が言った。 それに加えて、茶室はある個人的趣味に適するように建てらるべきだということは、芸術における最も重要な原理を実行することである。 芸術が充分に味わわれるためにはその同時代の生活に合っていなければならぬ。 …伝統や型式に屈従することは、建築に個性の表われるのを妨げるものである。と論じた。

わび・さびを基本とした建築や急須などの作品が、自然の雰囲気を産み出すのみならず、芸術家の個人性を表す余地もある。 一方では、不思議な事に、当時のヨーロッパであまりコレクタや工芸家や芸術家の興味を引かなかった。 他方では、日本の工匠がヨーロッパ市場に需要者の好みに合わせた作品を供給する事で金儲けをした同時に、知らず知らずヨーロッパの趣味にこびて、 西洋に自国の文化のゆがんだ印象を与えた。 利休はそういう事をどう思っただろうか?
それでも確かに、ああ言う風なハイブリッド・アートともいわれる作品のおかげで、日本と西洋はやはり接近できた!

Tusche-Malerei 茶の湯
とは
ただ湯
を沸かし
茶を点てて
飲むばかりなる
事を知るべし。

——千利休